岡山地方裁判所 昭和56年(ワ)713号 判決 1982年11月29日
原告
早川正逸
ほか三名
被告
井上治幸
主文
一 被告は、原告佐藤恵子、同松本迪子、同早川裕明に対し、それぞれ金一五〇万一六三七円および内各金一三五万一六三七円については昭和五六年一月二九日から、内各金一五万円については同年一〇月一八日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告早川正逸の請求および原告佐藤恵子、同松本迪子、同早川裕明のその余の各請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、被告に生じた費用の二分の一と原告早川正逸に生じた費用を同原告の負担とし、被告に生じたその余の費用とその余の原告らに生じた費用はこれを二分し、その一を同原告らの、その余を被告の各負担とする。
四 この判決は、原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告早川正逸に対し金五一二万〇八八九円および内金四四二万〇八八九円については昭和五六年一月二九日から、内金七〇万円については同年一〇月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を、原告佐藤恵子、同松本迪子、同早川裕明に対し各金三二二万六一六六円および内各金二九九万二八三三円については昭和五六年一月二九日から、内各金二三万三三三三円については同年一〇月一八日から、それぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五六年一月二九日午後七時二〇分ころ
(二) 場所 岡山県浅口郡鴨方町小坂西八三〇番地先路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(岡五六ね九九六二)
右運転者 被告
(四) 被害者 訴外早川満(当時七四歳)
(五) 態様 被害者が道路左端を西方に向けて歩行中、後方から走行してきた加害車にはねられ、外傷性脳出血の傷害をうけ、同日午後一〇時二〇分右傷害のため死亡した。
2 責任原因
(一) 運行供用者責任(自動車損害賠償保障法三条)
被告は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた。
(二) 不法行為責任(民法七〇九条)
被告は、自動車運転者として、運転中は絶えず進路前方を注視し、その安全を確認しつつ進行すべき注意義務があるのに、これを怠つた過失により、本件事故を発生させた。
3 損害
(一) 訴外早川満の死亡による逸失利益
(1) 恩給および国民年金老齢年金の受給権喪失による分 金一二三〇万八〇一〇円
訴外満は、事故当時七四歳で、年額金一七七万五七〇〇円の恩給と年額金二七万一二〇〇円の国民年金(老齢年金)を受給していた。同人は、本件事故に遇わなければ、七四歳の女子の平均余命一一・一九年(昭和五五年度の統計による)の間は生存し、この間右の恩給および国民年金の給付を受け得、同人の生活費は夫である原告正逸との二人暮しで収入の三割と考えられるから、この間の右受給権喪失による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金一二三〇万八〇一〇円となる。
算式 (一七七万五七〇〇円+二七万一二〇〇円)×〇・七×八、五九〇=金一二三〇万八〇一〇円
(2) 家事労働分 金六〇一万一七〇八円
訴外満は、事故当時、夫の正逸と二人で生活し、主婦として家事労働に従事していたもので、その収入は月額金一三万九四〇〇円(六八歳以上の女子の年齢平均給与額―昭和五四年賃金センサス第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の年齢階級別平均給与額(含臨時給与)を一・〇六七四倍したもの)を下らないところ、同人の就労可能年数は死亡時から六年(前記平均余命の約二分の一)、生活費は右収入の三割と考えられるから、同人の死亡による家事労働分の逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、金六〇一万一七〇八円となる
算式 一三万九四〇〇円×一二×〇・七×五、一三四=金六〇一万一七〇八円
(二) 慰藉料 金一〇〇〇万円
訴外満は、当時八〇歳(明治三三年一〇月二二日生)の夫を残して、あえなく逝かねばならなかつた。その無念さ、心痛たるや筆舌に尽しがたいもので、これを慰藉するに金銭をもつてするとき金一〇〇〇万円を下ることはない。
(三) 葬儀費用 金八〇万円(原告各自の負担割合は後記相続割合と同一)
(四) 交通、通信費および雑費 金七〇万円(原告各自の負担割合同)訴外満が本件事故に遇い、このため死亡した当時、原告迪子はスウエーデンに留学中で、同人帰国の交通費、通信費、その他の雑費として、少くとも金七〇万円を要した。
(五) 弁護士費用 金一四〇万円(原告各自の負担割合は相続割合と同一)原告らは、本件訴の提起を原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬等として金一四〇万円の支払を約した。
4 相続
原告早川正逸は、訴外満の夫、原告佐藤恵子、同松本迪子、同早川裕明は、いずれも訴外満の子で、満の死亡により、同人の権利をそれぞれ法定相続分に従つて相続した。
その結果は、3項の損害のうち、(一)(1)、(2)および(二)(訴外早川満の逸失利益と慰籍料)についての相続割合は、原告正逸が二分の一、その余の原告ら三名が各六分の一宛。
5 損害の填補
(一) 原告らは、自動車損害賠償責任保険から金一一八六万二七二〇円の支払をうけ、これを前記相続分の割合で、それぞれの損害に充当した。
よつて、各原告の残余の損害額はつぎのとおりとなる。
原告早川正逸が金九六七万八四九九円(うち弁護士費用七〇万円)
原告佐藤、同松本、同早川裕明が各金三二二万六一六六円(うち弁護士費用各金二三万三三三三円宛)
(二) なお、原告早川正逸においては、その生存中、恩給法により遺族扶助料として、妻である訴外満が受給していた恩給額の半額(年額金八八万七八〇〇円)を受給することゝなる。そこで、同原告の余命年数を六年間(八〇歳の男子の平均余命)と考えて、この間の受給額を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算出すると、金四五五万七六一〇円となるので、これを(一)掲記の同人の損害額より差引くと、残額は金五一二万〇八八九円(うち弁護士費用七〇万円)となる。
算式 八八万七八〇〇円×五・一三三六(六年間の新ホフマン係数)=金四五五万七六一〇円
6 本訴請求
よつて、被告に対し、原告早川正逸は金四四二万〇八八九円、原告佐藤、同松本、同早川裕明は各金二九九万二八三三円宛(但し、いずれも後記弁護士費用を除く)と右各金員については本件不法行為の日である昭和五六年一月二九日から、並びに弁護士費用(原告早川正逸が金七〇万円、その余の原告三名が各金二三万三三三三円宛)とこれについては被告へ訴状送達の翌日たる昭和五六年一〇月一八日から、それぞれ支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因の認否
1項(事故の発生)については、(五)のうち、被害者が道路左端を歩行していたとの事実を除き、認める。
2項(責任原因)(一)は認め、(二)の事実は争う。
3項(損害)(一)(1)については、訴外早川満が、本件事故当時七四歳で、夫たる原告正逸と二人で暮していた主婦であること、同訴外人が恩給と国民年金(老齢年金)を受給していたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同項(一)(2)については、訴外満がさきのとおり主婦であつた事実のみ認め、その余は争う。
同項(損害)(二)ないし(五)の事実は否認する。原告正逸の年齢は争わない。
4項(相談)の事実は認める。
5項(損害の填補)(一)のうち、原告らが自賠責保険から金一一八六万二七二〇円の支払をうけた事実は認める。
同項(二)については、原告正逸が、恩給法による遺族扶助料の受給権者となつたことは争わない。
三 被告の主張(坑弁)
1 過失相殺
本件事故の発生については、被害者である訴外早川満にも路側帯より外側の車道内を歩行していた過失があるから、損害賠償額の算定にあたり過失相殺されるべきである。
2 損害の填補
本件事故による損害については、原告らが目認している分以外に、被告から、原告らに対し、(一)昭和五六年二月二日に香典として金二〇万円、(二)同年三月四日に供養料名目で金二三万円、(三)同年八月中旬(盆)に同様名目で金三万円の支払いをした。
四 坑弁に対する原告らの認否
1の事実については不知。
2の支払については、葬式時に金三〇万円、三五日の法要時に金一三万円、盆に金二万円を受取つたことは認める。
五 損害についての当事者の見解
(原告ら)
恩給および国民年金は、本質的には財産上の権利に属するもので、その受給権者が交通事故等第三者の不法行為により死亡した場合等には、同権利者が右加害に遇わずにその余命期間生存した場合に受け得た筈の恩給あるいは国民年金の受給利益は、財産上の損害に対する賠償請求権、即ち金銭給付を目的とする通常の金銭債権に転化するものであつて、この賠償請求権は被害者たる受給権者に発生して帰属し、同人の死亡により相続人に承継取得される。
(被告)
1 恩給および国民年金については、恩給法九条一項一号、国民年金法二九条に、それぞれ「受給権者が死亡したときは、その権利が消滅する」旨規定されており、右各受給権は、民法八九六条但書の一身専属権で、相続の対象となり得ない権利と解すべきである。
のみならず、恩給、年金による収益は、受給権者の稼働能力とは直接関係がないので、原告らの相続を前提とする各受給権についての逸失利益の主張は理由がない。特に、国民年金は生活保障的性格の極めて強い年金であつて、逸失利益の対象とする余地はない。
2 訴外早川満の生活費の控除割合は五割が相当である。
3 同人の慰藉料についても、その年齢、地位(立場)等に鑑みるとき、原告ら主張金額は多額といえる。
4 交通費、雑費についても、通常利用される交通機関の普通運賃の限度内が通常生ずる損害である。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生と責任
請求原因1項および2項(一)の事実については、被害者早川満が道路左端を歩行していたとの点を除いて、当事者間に争いがない。そうすると、被告は、自動車損害賠償保障法三条に基づき、本件事故により早川満および原告らに生じた損害を賠償すべき責任がある。
二 損害
1 早川満の逸失利益
満が本件事故当時七四歳で、年額金一七七万五七〇〇円の恩給と年額金二七万一二〇〇円の国民年金(老齢年金)を受給していたこと、夫である原告正逸と二人で生活していた主婦であつたことは、当事者間に争いがない。
(一) そこで、恩給および国民年金の受給権喪失による逸失利益につき判断に及ぶ。
恩給法九条一項一号および国民年金法二九条には、それぞれ「受給権者が死亡したときは、その権利は消滅する。」旨規定されているから、右各受給権は一身専属的な権利であり、民法八九六条但書により相続の対象となり得ない。しかし、生命・身体の侵害による損害の一種としての逸失利益とは、当該侵害行為がなかつたならば、被害者が取得しうべかりし所得を喪失したことによる損害を意味するものというべきである。そうすると、公務員であつた者が一定期間勤務した後に退職したことを要件として支給を受ける恩給は、当該公務員本人およびその収入に依存する家族に対する損失補償ないし生活保障の性格を有しており、このような恩給の受給権者が他人の不法行為により死亡したときは、その者がなお生存すべかりし期間内に取得すべき恩給の受給利益は、同人の逸失利益として相続により承継され、相続人は、不法行為者に対し右逸失利益の賠償を請求しうるものと解するのが相当である(最高裁、民集二〇巻四号四九九頁、判例時報七九九号三九頁参照)。これに対して、国民年金(老齢年金)は、その制度の趣旨、年金の性格からして、その相続性を肯定することはできないというほかない。
ところで、当時七四歳の女子であつた満は、昭和五五年の簡易生命表により認め得る同年齢の女子の平均余命期間である一〇・九七年間生存し、本件事故がなければ同女は以後一〇年間前記恩給の給付を受け得たものと推認されるので、生活費として四割を控除し、さらにホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、右逸失利益の額は金八四六万四六五五円となる。
算式 金一七七万五七〇〇円×〇・六×七・九四四九=金八四六万四六五五円
(二) 家事労働による逸失利益
いずれも成立に争いのない甲第八、第九号証と原告早川裕明本人尋問の結果によると、満は本件事故当時主婦として家事労働に従事していたことが認められる。ところで、結婚して家事に専念する主婦は、現実に金銭的収入を得ることがなくとも、家事労働に従事することにより財産上の利益をあげているものというべく、これを金銭的に評価することも不可能ではなく、もしその評価が困難であれば、現在の社会情勢等に鑑み平均的労働不能年齢に達するまで女子雇傭労働者の平均賃金に相当する財産上の収益をあげるものと推定するのが相当である。
そうすると、満は、本件事故がなければ、なお前記平均余命の二分の一相当の五年間は家事労働に従事し得たものと経験則上推認でき、しかも、この間年額金一八〇万五二〇〇円(昭和五六年賃金センサス第一巻第一表、産業計・企業規模計・女子労働者学歴計六五歳以上の平均賃金相当額)の収益をあげるものと推定し得るので、生活費として四割を控除し、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、右逸失利益の額は金四七二万七〇六〇円となる。
算式 年収金一八〇万五二〇〇円×〇・六×四・三六四三=金四七二万七〇六〇円
2 慰籍料
後記認定の本件事故の態様、被害者早川満の年齢、家族関係、その他諸般の事情を考えあわせると、早川満に対する慰籍料額は金八〇〇万円とするのが相当であると認められる。
3 葬儀費用
いずれも成立に争いのない甲第二三ないし第三九、第四一、第四二号証および原告早川裕明本人尋問の結果によると、原告らは、満の葬儀を行ない、金八七万三一八五円の出費を余儀なくされたことが認められる(その負担割合は原告正逸が二分の一、その余の原告が各六分の一宛)が、このうち本件事故と相当因果関係のある損害額は金八〇万円を相当と認める。
4 交通費・通信費
いずれも成立に争いのない甲第四三ないし第四五号証、弁論の全趣旨から真正に成立したものと認めうる甲第二二号証および原告早川裕明本人尋問の結果を総合すると、本件事故当時、原告松本迪子はスウエーデンに留学中であつたが、実母満の葬儀のため急拠帰国し、そのための交通費・通信費として、少くとも金七〇万円を下らない出費をしたことが認められる(その負担割合は3の場合と同じ)。
おもうに、交通事故等の不法行為により被害者が死亡したため、外国に居住または滞在している被害者の近親者が被害者の葬儀に参列するために一時帰国を余儀なくされ、それに要する交通費・通信費等を出捐した場合、当該近親者において被害者の葬儀に参列のため帰国することが社会通念上相当と認められるときには、右の交通費・通信費等は、近親者が一時帰国し、再び外国に赴くために通常利用される機関の普通料金の限度内においては当該不法行為により通常生ずべき損害に該当するものと解するのが相当である(最高裁、民集二八巻三号四四七頁参照)。
そうすると、本件において、満の子である原告迪子が、母の葬儀に参列のため一時帰国したことは社会通念上相当というべきであり、同原告が帰国するために支出した交通費、通信費の額も、スウエーデンから帰国するために通常利用される交通機関の普通料金額を上廻るものでないことが明らかであるから、右の交通費および通信費は、本件事故により通常生ずべき損害であるといわなければならない。
三 相続
請求原因4項(相続)の事実は、当事者間に争いがない。
四 過失相殺
1 いずれも成立に争いのない甲第五、第六、第九、第一一、第一二号証および被告本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実を認定できる。
(一) 本件事故現場付近の道路は、車道(幅員六メートル)と路側帯(幅員北側一・〇メートル、南側〇・五メートル)に区分、いずれもアスフアルト舗装されており、東から西に向けて勾配一〇〇分の三の上り坂となつているが、見通しはよく、時速四〇キロメートルの最高速度制限の規制がされている。なお、道路南側にはアスカーブにガードレールが設置されている。
(二) 被告は、時速約四五キロメートルの速度で、加害車を運転し前照燈を上向きに点燈して西進し本件事故現場にさしかかつたが、当時交通量は閑散で、対向車、先行車、後続車等はなかつた。
(三) 被害者早川満は、本件事故現場の道路左(南)側から約一・一メートルの車道側端を西に向つて歩行していた。
(四) 被告は、本件事故現場の手前で考えごとをし、前方道路北側に所在の民家に目をやり、さらに車内の速度計や水温計を見ながら進行後、坂の頂上付近に対向車のライトが見えたので、その方を見た。その直後、被告は、自車の約四・一メートル前方を同方向に歩行中の被害者満を発見したものゝ、急制動する余裕もなく加害車左前部を同女に衝突させ、満は加害車のボンネツト上にはねあげられたのち、道路南側のガードレール外側に転落した。
2 なお、被告は、満が道路左端から約一・七メートル右(北)寄りの車道内を歩行していた旨供述するが、成立に争いのない甲第五、第六、第一一号証によると、本件事故により加害車両に生じた損傷は、前部左側フエンダー上部角凹損、ボンネツト左前部左端から〇・一メートル中央寄り凹損、フロントガラス枠左下部凹損およびフロントガラス破損であること、被告自身は、加害車両が満に衝突後、同車のフロントガラスが割れたため一瞬前方が見えなくなつたこと、衝突地点の前方(西側)道路南側アスカーブの側面には擦過痕がついており、加害車両の左側前、後輪のタイヤ側面にも擦過痕があること、本件事故現場の道路は、衝突地点に至るまでは、ほゞ直線道路であるが、衝突地点から先は緩やかな左カーブを描いていることが認められ、これらの事実に照らすと被告の前記供述は信用することができない。
3 右1で認定した事実によると、本件事故の発生については、被害者である満にも、夜間に路側帯より外側の車道側端を左側通行していた過失が認められるので、同女の過失は損害賠償額の算定にあたり斟酌すべきであるところ、満は当時七四歳の老女であつたこと、被告には前方注視義務という自動車運転者にとつて基本的な注意義務を怠つた過失があること等諸般の事情を考慮すると、過失相殺として満および原告らの損害の一割を減ずるのが相当と認められる。
五 損害の填補
1 原告らが、自賠責保険から金一一八六万二七二〇円の支払を受けた事実は当事者間に争いがないところ、右金員が原告ら主張のとおり各自の損害に弁済充当された事実は弁論の全趣旨からこれを認めうる。
2 さらに、被告から、原告らに金四五万円が支払われている事実も当事者間に争いがないので、これについても弁済充当に関して格別の主張、立証のない以上、原告らの各損害賠償額に応じて(原告正逸が二分の一、他の原告三名が各六分の一)充当されたというべきである。その結果、原告らの残損害額はつぎのとおりとなる。
原告早川正逸は金四〇五万四九一一円
原告佐藤、同松本、同早川裕明は、各金一三五万一六三七円。
六 損益相殺
原告正逸は、満の死亡当時八〇歳で、その生存中遺族扶助料として、満が受給していた恩給額の半額(年額金八八万七八〇〇円)の給付を受けることは、当事者間に争いがない。
右の遺族扶助料は、恩給受給者の遺族に対する損失補償ないし生活保障の目的をもつて支給されるものであり、恩給とその目的、機能を同じくするから、原告正逸の請求し得る損害賠償額の算定にあたつて控除しなければならないと解される。ところで、昭和五五年簡易生命表によると、八〇歳の男子の平均余命は五・九九年であるから、原告正逸は以後六年間は右の扶助料を受給し得るものと推認できるので、ホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して六年間の遺族扶助料受給額の現価を算定すると、金四五五万七六一〇円となる。
算式 金八八万七八〇〇円×五・一三三六=金四五五万七六一〇円
そうすると、結局、原告正逸の本件事故による損害は、すべて填補され、もはや被告に対し賠償を求むべき残損害はないことゝなる。
七 弁護士費用
本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、被告に対し本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は、原告佐藤、同松本、同早川裕明において、それぞれ金一五万円宛とするのが相当であると認められる。
八 結論
よつて、被告は、原告佐藤、同松本、同早川裕明に対しそれぞれ金一五〇万一六三七円およびうち弁護士費用を除く各金一三五万一六三七円については本件不法行為の日である昭和五六年一月二九日から、弁護士費用相当分の各金一五万円に対しては被告へ訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年一〇月一八日から各支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、原告早川正逸の請求および原告佐藤、同松本、同早川裕明のその余の各請求はいずれも理由がないから棄却することゝし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条(原告佐藤、同松本、同早川裕明と被告間では同法九二条、九三条も適用)、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 相瑞一雄)